今回から「椎川忍氏と行く〜ICTによる地域活性化の現場インタビュー〜」を4回にわたりお届けします。地域活性化の第一人者である椎川忍氏と、地域づくりにおける課題やICT活用のポイントなどを取材しました。
今回訪問したのは鳥取県と島根県の県境に位置する大山・中海・宍道湖地域。その名の通り、この地域には西日本を代表する大山(だいせん)と豊かな漁場である日本海、ラムサール条約指定湖沼の中海や宍道湖があります。「出雲国風土紀」や「古事記」の舞台となった数々の名所を有し、観光資源に恵まれた土地です。
ところが交通の便が悪かったり、通過してどこかに行けたりという地域ではないため、思うように観光客が増えないという問題を抱えていました。
以下は大山・中海・宍道湖地域が抱えていた問題点です。
こうした問題から、観光客に十分な情報提供ができず、また事前の情報収集がしにくいため旅行先の候補になりづらい、という状況にありました。
第一回目は広域な観光情報提供などで地域づくりに貢献されているNPO法人大山中海観光推進機構、通称「大山王国」理事長の石村氏と、大山王国とWebサイト作成やイベントなどを手がける有限会社ジャプロで地域活性プロデューサー・カメラマンとして活動されている柄木氏にお話を伺いました。
椎川氏
大山王国の活動は何年になりますか?もう、この辺の地域づくりには欠かせない存在になっている感じがしますが。
石村氏
ありがとうございます。そうですね、大山王国の活動はもう15年くらいになります。
バブルの頃はこの辺もすごく賑わっていましたが、バブルがはじけてからは右肩下がりで……。全国も同様の傾向にあったと思います。当時、鳥取県は行政主導でハコモノの開発に取り組んでいましたが、90年代後半にハードからソフト主体に転換する流れになりました。インターネットやメールが普及し始めたタイミングと重なります。そのときに「民間で何かアイデアはないか?」というので、圏域のライブ感のある観光情報をインターネットで提供することを提案しました。それがきっかけで、地域づくりにかかわるようになりました。
椎川氏
それが「大山王国ホームページ」の始まりですか?
石村氏
はい。「大山王国ホームページ」では大山を中心とするエリア一帯を網羅する観光情報をインターネットで提供しています。関連ページを合わせると年間約800万人以上、約3,300万ページの閲覧があり、この地域のICTの玄関的な役割を果たしています。
自治体が作る観光パンフレットやWebサイトは、その自治体の情報しか載っていません。観光客はどこの県にあるかは問題ではなく、関心のある所にいろいろ行きたいわけですから、自治体の情報だけでは不十分だし不便だったんです。
大山王国が取り組んだのは、自治体という枠にとらわれず、エリア一帯の観光情報を収集し、観光客の視点で情報を選定・編集して発信することでした。私たちは民間事業者だから、いろいろ試しながら、エリア内の自治体を横断したストーリー展開や、エリア内のさまざまな場所の「今」、生きた情報を熱心に伝えてきました。多くの自治体と連携して、我々のフィルターを通して情報を発信することで、地域の一体感の醸成が進みましたし、地域づくりにいい影響をもたらしたと思います。こうした取り組みを続けていく中で、たくさんの自治体の方とも出会いましたし、新たな地域づくり事業にも発展していきました。
椎川氏
自治体はなかなか他の自治体の情報まで発信できないですから、民間事業者がやる意味は大きいですね。それに、インターネットは影響が大きいですから、アナログでやってた時代とは比べものにならない程、人と気軽につながることができるようになりました。
椎川氏
「山陰ポータルサイト」はその延長の活動ですか?あれは、鳥取県と島根県のかなり広い範囲の情報を掲載していますよね。
石村氏
はい。「大山王国ホームページ」で築いた基盤、情報発信を核とした事業で地域づくりにかかわっていったことで、声をかけていただきました。「山陰ポータルサイト〜神々のふるさと山陰〜」は鳥取島根の官民による中海・宍道湖・大山圏域観光連携事業推進協議会からの委託で、大山王国が企画運営しているものです。
鳥取県と島根県をまたぐ圏域全体を横断するストーリー展開の情報提供を行っていくことで、両県の連携が大きく進みました。同時に、難しさも感じました。かかわる人間が多くなったことで、運営者として全体を把握するのが難しくなったんです。象徴的な事象もありました。県境を跨ぐエリアでの観光圏の取り組みがありましたが、事務局が鳥取島根の2体制になりました。県境がここでも障壁になりました。恐いのは、バラバラに情報を出しはじめると、それをシステム化できないことです。せっかく両県で山陰一帯のいい情報を出そうとしているのに、おのおのが出したい情報をどんどん出してしまうと、情報過多になってしまいます。また、大事な情報が埋もれたりしてしまう。だから、観光客、ユーザーの立場に立った「厳選」、「編集」という作業が絶対に必要で、これを怠ってはいけないと思っています。
柄木氏
僕はクリエーターの立場で、現場での編集や、イベントを通しての地域づくり、地域デザインをやらせていただいてますが、そこで実感しているのは、お客さんは簡単には来てくれないということです。どこの地域も情報を出しているので、情報が飽和状態なんです。その中で勝ち残っていくためには発信力やセンスで差をつけて、お客さんの目に留まらないといけない。やみくもに、なんでもかんでも情報を出せばいいのではなくて、石村理事長が言うように、「厳選」と「編集」が必要なんです。目の前の地域資源をどうやってセンスよく、観光客やネットユーザーに問いかけるかということが求められていると思っています。
椎川氏
行政は変に評価ができないという立場もあり、厳選や編集を放棄してしまっている部分がありますからね。だから行政は、会社経営的な考え方で民間をうまく使って、自分たちでできない部分を補っていくことが大事ですね。
石村氏
この地域に来てくれた観光客への情報提供にも取り組んでいます。「山陰ポータルサイト〜神々のふるさと山陰〜」と同じ鳥取県と島根県をまたぐ圏域全体を網羅する広域地図「山陰遊悠絵図」というのを作っています。この圏域は公共交通での移動より、車、レンタカーで移動する観光客がとても多いんです。観光客にもわかりやすい観光道路地図を作りたかった。すごく考えて、紙の地図にコードを入れ、モバイル端末で観光スポットや施設情報を見れるようなものにしました。地図上のQRコードを読み取り、さらにマップ上の各スポットの番号を入力すると、その場所の詳しい説明が出てきます。観光道路地図の裏面には各地域の見所を入れた手描きの鳥かん図的なデフォルメ地図を入れて、どの地域でどんなものが見れるのかが空から見るようにひと目でわかるような工夫もしています。ICTとアナログの良いところを合わせたような地図で、発行から8年になりますが、すごく好評です。今では毎年20万部以上発行するまでになりました。この圏域の地域活性化のシンボル的なマップになっています。
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